国立広島原爆死没者追悼平和記念館で開催中の『わが命つきるともー神父たちのヒロシマと復活への道』


1945/8/6 広島にいた6名の神父の方たち。幟町の教会は全壊、無事だった長束の修練院にはたくさんの怪我人が詰めかけ、野戦病院のような状態になりました。

医学を学んだアルペ神父が中心となり怪我人の治療にあたります。外した包帯を洗って干し、限られた薬品を使いながら必死に、分け隔てなく治療にあたりました。それまで外国人だから怖いと感じていた近所の人たちは驚き、それまでの差別を恥じた人もいたのではと思います。
その後、いち早く惨状を世界の新聞に寄稿した神父さんや、被ばく体験を世界で話して回った神父さん、それぞれの役割を果たしていかれました。

会期は2/28までです、お近くの方は是非行ってみてくださいね。

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